勉強する理由は、いつか大切な人とぶつかる時があった時にきちんと思いと意見を交換するため。そんなミーム画像を見た記憶がある。国語以外の教科に当てはまるかはともかく、勉強する理由について数少ない正解の一つだと思っている。言葉を知らないと自分の気持ちを言葉にできないし、相手の言ってることも理解できないしね。
近頃、NotebookLMを使ったジャーナリング+自己分析(思考をありのまま書き殴ったメモを食べさせて、その情報だけを元に思考を整理する取り組み)を行なっている。学生の頃はブログに数時間かけてアウトプットしていたのが9割ほどの時間削減になり、正直ブログを書くことがいよいよ自己顕示欲や承認欲求を満たすだけのツールになっていることも感じていた。だから最近全然更新をしていなかったかもしれない。
AIによって完璧に近いレベルで推敲された文章を見ると、自分以上に自分を文章で体現されているなと思うし、情報処理能力がまあ圧倒的に違いますわな…と感心する。
ただ、自分の思考がアウトプットされることはあっても、自分の言葉や想いとはやはり別物だと感じる。
自分の言葉は、なんというかいつだって不完全の上に成り立っていることが大切…だと思う。だいぶ感覚的な話ではあります。
自分の言葉が必要な時、すなわちその言葉を受け取る相手がいる。相手は相手なりの価値観や尺度を持っている。正直、どう感じるかなんて分からない。唯一、相手を傷つけたくない想いだけがある。俺は自分の発言に対して「もっとこう言えばよかった、さっきの発言は語弊があったかもしれない」と思うことがよくある。それは単に自分の説明不足を疑うだけでなく、自分なりに自分の発言を客観的に振り返って見た時など…。そういう時は訂正した方がいいかもしれないし、次はこういう言い方をしてみようと反省することもあるかもしれない。
そうやって答えがなくてキリがないものに向き合うことが、言葉を紡ぐ意味であり本懐かもしれないと思った。
NotebookLMは本当に便利なのでこれからも使いますけどね。てか改めてそっちの方がめちゃくちゃ読みやすいですわ。
好きな歌の話でもちょっとしますか。1つは圧倒的に尊敬する人。もう1つは歌うこととは何かを考えさせられた人の。
夜永唄は大好きだけど、この曲が世間的に1番人気なのも知ってるけど、他にももっっっっっっっっっっっっっっとたくさん素敵な曲を書かれているから、神サイについては「他のこの曲もいいよ!てかLIVE最高だよ!」という話をしたい気持ちがあります。ただこの映像のサビを見た時に、何年も同じ曲を歌い込んできた上でまだこの熱量(心を動かすという意味)をもって想像を上回ってくるかと鳥肌が立ちました。声の使い方だけでなく表現そのものがアップデートされつづけるのって本当にエグい話だと思っていて、決して再放送ではないナマモノの歌声。この映像は音響も素晴らしいなと素人ながら感じたり、ピアノ伴奏も素晴らしいなと思ったり、けどやっぱりこの柳田さんの形容しがたい引力のある歌声あってこそ…と思ったところでした。歌モノが今ほど好きになったのはこの人の影響と言っても過言ではないですね。あとね、何年も(ネット上で)近くで見守ってきてるのでね、ここまで来るのに積み重なったものを思うとそれだけでもクルものがありますね。
youtu.be
いわゆるカラオケの点数的観点やSNSでバズりがちな素人歌唱投稿と比較して見てみると、きっとそういうタイプではないと思う。でもどうしようもなく心に沁みるのは絶対にこっち。深夜に急に聞きたくなるのもこっち。生で触れてみたくなるのもこっち。ご自身の想いを歌詞して曲にしてもらって、そうして幾つか段階を経て歌声がこちらに届いている訳だけど、この素朴さにこそ純度の高い何かが詰まっているなと感じるし、そうさせるのが本当にすごいなと思う。
だからこの先、自分が歌うことの目標や意味を考えたら(既にですけど)歌詞だけでも曲だけでも自分が入らないとこういう歌は歌えないなと確信している。ので…いずれどこかに投稿します。完成したらね。
大好きなシンガーソングライターが2人この世を去ってしまっていて、もし生きていたら今頃どんな曲を書いていたんだろうと思うことがある。当然答えは出ないけど、残された歌が今も生きている人と同様に頭の中に鳴り続けている。
いいよね。