鋼鉄のはりぼて
そういえば先月誕生日でした。
10年前の話をしても既に成人していることが、あの頃の話をするともう10年前であるという事実がなんとも言えない気持ちになりますな。
当時の自分は、人に勝手に期待して勝手に傷つくというムーブが非常にお盛んで(言うて最近までその気がありました)、その時は勝手に期待した自分が悪いのだと言い聞かせていたが、今思うと気になっちゃうのはしょうがないよなと思う。交通事故に遭った人に「外に出たのが悪い」と言うようなもので、まあそりゃそうかもだけどさ・・・でも今後一切外に出ない訳にもいかんやん・・・?という。
あんまりifの話をしてもしょうがないけど、もし可能なら交友関係と趣味はとにかく広げて欲しいと伝えたいですね。選択肢が少ないとそれが折れた時にとっても辛い。広げたところで何かが何かの代わりになることなんてないけど。それでも、交友関係が広いだけで気持ちの持ちようは全然変わっただろうな。過去は変わらないから考えてもしょうがないけど。
これからに活かしたいと思います。
最近はレゼ編と虹ヶ咲1期を見ましたね。
レゼ編は分かりやすく物語を楽しむというよりは、映像・音楽・キャラクター表現含めた芸術作品を見ているような気分になった。一緒に見た人はイマイチな反応だったし、翌日会った人は素晴らしかったと絶賛していたから、そういう作品なんだろうなと思った。個人的にもすぐの理解や解釈が難しいなと思ったけど、かといってつまらないとも思えず、未だにこの気持ちの答えを探している。主題歌が2曲ともエグすぎる。
虹ヶ咲1期はまず、やっぱスクールアイドルっていいなあ・・・と素直に思った。このクソみたいな現実の中、このアニメを見ている時、楽曲を聴いている時だけはクリーンルームの中にいる。純粋に元気をもらえる。過去作とは打って変わって熱血<助け合い精神の温かみに重きが置かれていたり、グループではなく個人活動に注目していたり、新しい形が見れたのは純粋に良かったなと思う。ただ一人一人掘り下げるには10人って多いし、物語の最終目標もややふわっとしながら進んでいった印象もあった。
最近のプレイリストちら見せ
(動画なかったけど近江彼方ちゃんの「INNER TRAVEL」という曲にもハマってる)
来月の今頃はクリスマスで、その1週間後には大晦日。すごいな。また1年経ったんだね。
12月はまさに10年前位から無性に深海に沈んでいくような落ち込んだ気分になりがちなので(なんでだろ)、ずっと食べたかったバスクチーズケーキ頼んどいた。楽しみに待っててくれ未来の自分。
阿里山/走馬灯で流れそうな曲10選
ちゃんと(?)ありさんって読むらしい。
阿里山烏龍茶と梨のスムジ。

散歩って勝手に夜にする固定概念あったけど、昼間で色んなお店やってるんだなーってぶらぶらするのもいいね。まだあまりに暑くて前髪から汗垂れるけどね。なんか可愛い小物屋とかコーヒーショップ(コーヒー飲めない)とか、あと今日はお祭りやってるとこ多かったのかな。浴衣着たい
最近「その曲いくら何でも好きすぎただろ😠😠😠」と思うことがあり、昔好きだった曲を記憶からdigるムーブメントが起きていますね。
学生時代に好きだった曲がその人のセンスになる、みたいな話あったけど本当にそうだなーと思う。人の好きな音楽とか本とか映画を通じてその人を感じようとしてたこともありました。懐かしい。
で、走馬灯で流れそうなSEってなんだろなと思った訳ですな。
Trust / ヨーコ(cv:井上麻里奈)
Home / Pay money To my Pain
あなただけ / 神はサイコロを振らない
世界の秘密 / さユり
ファタール / GEMN
プロミスザスター / BiSH
Till I / SennaRin
オッドストーリー / キヨ
基本的に好きだから、という理由で選んでますけどね
本当にずっと聴いてたなとか、この頃はこういうこと考えてたなとか、
これからもたくさん好きな曲と出会いたい
You cutter gal To date Dekz orz.
ふと散歩がしたくなり
歩く、
歩く、
ゆっけ丼を食べる
歩く、
歩く、歩く、
帰ってポッキーを食べる
・・・
めっちゃ吐いた。
一昨日の話。
海鮮が当たったのかポッキーが当たったのか、真相はいかに…。今日の夕方くらいまでお腹の上らへんがずーっと痛かった。謎。
7月も32日になりましたということで月末にブログを書いてますけどね。
どうよ調子は。
こちらは直近の3.4日でBiSHにどハマりしてますよ。
好きすぎて「この曲が好き!ここが好き!」という発言に対してもし興味を持ってくれた人がいて、その部分がその人に刺さらなかった時にどうしようもなく悔しくなるかなと思ってな、実はあんまり話したくない気持ちもあるんですけどね、
まあ話すんですけどね、
沼への入り口はこの映像でしたね
まーこれはただの独り言ですけど、
シンプルにサウンドがかっこ良すぎる、映像越しでこの熱量どうかしてる、一人一人に注目するとちゃんと“何か”ある、全員認知した上で見るともう冗談抜きにキセキの世代、その上でエースが圧倒的エースすぎる、過去映像に比べてこんなに進化するんやな、なんで解散しちゃったん、いやダンス癖になる、たぶんこれ映像も音もパフォーマンスもオーディエンスも全て最高なんだろうな、ももかんさんギャップ、最後のとこ何、好きなんだけど笑 とか
初めて聴いた時はなんか不思議な感覚というか、割と色々そうだけど、「あああこのままだと好きになっちゃうなー、ええええええこれ好きになってきてるかも・・・・あ・・・・・これはもう止まらんやつか・・・??・あああああまじかああああああ」っていう謎の勢力(いっつも押され負けてる)が脳内にいたりするんですけどね、
それでも好きになっちゃったものはもうしょうがないという話で
ずーーーーっと聴いてる訳ですわな
夜はソロ曲を
いい。
沁みます。
(ここにめっちゃ感情的な長文が存在しました)
思ってることを余すことなく言葉にするのって難しいし、歪んだ形で出ても逆にそれに自分が納得(言語化の妥協?)しちゃうみたいなことってたまにある。悪い意味の自己暗示。SNSや会話中でさえ他人に勘違いされることもある。喋るのむずい。
とりあえずネガティブな気持ちは本当に溺れるほどあるけど、書いたら消す。クリスタに書いては消したり(消すのなんか気持ちいい)、キックボクシングでは弱音を書き殴ったメモをサンドバッグに貼るイメージをしてそこに全力でミドルキック叩き込んでる。
それが何を生むとかではないけど、これを言う意味もないかもしれないけど
意味なんて考えたらきっとキリがないね、そういうもんだね
からのGiANT KiLLERS
どうかしてるぜ(喜)
託す喜び
8年間、ずっと同じ美容師さん(ギャル)に髪を切ってもらっていた。昨日が最後の日だった。
ギャルへの感謝を示す前に、お店への愛とブログタイトルについて少し触れさせて欲しい。
10年前、当時担当してくれていた店長がこんな話をしてくれた。
「学生の頃、引越しバイトで働いてたんですよ」
「そこは地元のヤンキーばっか集まる場所だったんですけど、他の引越し会社よりも超信頼されてて。なんでかっていうと仕事に超真剣だったんですよね。ちょっとでも荷物を雑に扱うと先輩に蹴られたりして」
「やばいっしょ?でも、そこで初めて働くってどういうことか教えて貰いましたね」
スケジュールの関係で担当がギャルに変わってからも、退店する時は入口まで見送りに来てくれたり、明らかにお顔がやつれている時も元気よく振る舞い、スタッフとのコミュニケーションにも「誰にでも見られている意識」が行き届いている。美容師として、店長としてのプロフェッショナリズムに俺は心からリスペクトをしている。ので、近所でも安価でもない美容院に通い続けて今に至る。
託す喜び
というのは、クライアントワークに関わる話。
主に前職で、依頼者の依頼内容が適当すぎてクリエイターが困らされている光景をよく見ていた。それは単にコミュニケーション能力や言語化能力が低いというよりは、依頼者がそもそも依頼目的(達成したい目標)が曖昧であることが殆どだった。雑な依頼をされてもアイデア出しに困るし、必然とアウトプットの質も上がりにくくなる。
この話は美容院でも、例えばボイトレも同じだなと思っている。漠然といい感じになりたいです、と言いたくなる気持ちは否定しない。ただ言われた側を想像すると、いい感じのレバーはどこにあるのか・好き嫌い・向き不向き・流行など悩めるポイントが多いので、より良いパフォーマンスをしていただくためには依頼者が1つ頑張るべきところだとも思っている。クリエイター側がヒアリングするのも重要ではあるけど。
反対に、これができると依頼〜完成までが自分ごととして実感しやすく楽しみになってくる。要望はあるけどアイデアがない、に対してだとクリエイターは大体応えてくれる。ともに作り上げていくことは楽しい。
ギャルへの感謝と言ったものの特別な話は別にない。ただ感謝を伝えた時に「長いこと切らせてくれてありがとうございました」と言ってくれて、そんなふうに思ってくれたことが嬉しかった。自分の髪型でありながら一緒に作り上げてくれる感じが好きで、同じような気持ちを持ってくれていたのかなと思えた。
感謝
突然の別れ
始まりはおよそ2年前。
前にいた会社では、社長のお父さんが大量の果物を会社に送ってくれることがあった。
その時に久々に食べた。
元々、味がそんなに好きではなかった。
その日はやたらとお腹が鳴って恥ずかしい思いをした。
当分食べないと決意した。
およそ2年が経った。
実は腹持ちがよく節約になることに気づき、平日はほぼ毎日食べるようになった。
変わらず味はそんなに好きではなかった。
ただ、コスパの良さと昼食の悩みを放棄できるのがよかった。
めちゃくちゃお腹が痛くなった。
傷んでいたのかもしれない。
今日もまたお腹が痛くなった。
たぶん、そう。
体に合っていないんだと本能的に悟った。
嫌いな食べ物が多い人生だった。
嫌いな食べ物は食べたくなかった。
最近は、目の前に出されたものはなるべく食べるようにしていた。
嫌いだけど何かのために我慢を覚えた。
嫌いなものはなんですか?
(野菜が嫌いです)
食べれないものはなんですか?
(バナナが食べれませんお腹が痛くなるので)
お店どこがいいですか?
(ラーメンですかね、たまには二郎系でも)
やっべ…これ絶対バナナじゃん…うわ…
今日何食べよ…
…カレーがいいな、カレーにしよう。
元気になった。
突然の別れ
p.s.
#ギャルとギャルの百合 という漫画がとっても面白かった。
時間の流れが愛おしく感じられる漫画。
ギャルのメンタリティが羨ましくなる漫画。
何気ないお笑いのセンスが光る漫画。
とっても好き
突然の出会い

いい感じか
5月も終わりでございます。
毎月末にブログを更新できたら何かいい感じか?と思ったけど、何がいい感じかは全く分からない。ただ、規則正しいっていうのは1つ気持ちがいいなと思う(チ。を見た影響とかではない)。
規則正しいで言うと歯ブラシを新しくする、2weekのコンタクトを新しくする、洗濯機のフィルター掃除と何か綺麗にするやつ投入する、とかを月末にやっているが、清潔感が保たれること以上にルーティーンが守られていることに満足感を得ている気もする。仮に、単に忘れてたとしても、清潔感がどうとかより「あー忘れてたわー」で済むが(コンタクトはまじで良くないね)、自覚した上で後伸ばしにした場合、これも清潔感がどうとかより「自分がちょっとでも大切に思ってることを蔑ろにしたな?」と自己嫌悪が始まったりする。
つまり、普段やっていることを意図的にやってない、普段やっていることをいつも通りやった、っていうのは自分の精神衛生に割と大きめな影響を及ぼしている気がする。スポーツ選手とかも精神安定→ベストパフォーマンスのためにルーティーン作る人も多いよね。自分は反対に心が弱っていると洗顔とかのルーティーンが守れなくなって、それが更に悪循環に繋がりがちだったりする。鶏が先か卵が先かみたいな話だけど。
そう考えたらブログは不定期のままで全然いいのかもしれない。コンタクトとか洗濯機はほぼ一定の早さで汚れていくから定期的に掃除とかしているのであって、ブログに書きたいことが出てくるのは不規則そのものだ。気持ちを言語化する作業を俺は自分にとって重要なものだと思っているが、ないものを捻り出す必要はないわけで。一方で、最近あんま自分と向き合えてないなって時とかはやっぱり書いた方がいいけどね。ブログじゃなくても。(むしろ最近は毎日紙に書き殴ったりしてる)
っと、完全に締めるつもりでいたけどもうちょっとだけ。
今日はずっとこのMVを流してた。曲もめちゃくちゃかっこいいけど映像も凄まじい。
近所の隠れ家的イタリアンでピザ2枚食べたらおばちゃんにすごいって言われた。美味しいもの食べさせてくれた上にすごいだって。たくさん食べるのがいい感じならまたたくさん食べに来ますよ。